郷土資料館Ⅰ

隣町の郷土資料館。ここは私の生まれた町です
明治に屯田兵によって開拓が始まって今に至ります
私が住んでいる北竜町は農場としての集団経営から始まりましたので
隣町でありながら、しかも同じ農業でありながら、その成長は微妙に違いがあります
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今回は生まれ故郷秩父別町の昔の農作業の様子を、この資料館で見てみることにしました

展示写真はカラーです
昔の農作業を再現して撮影したものです
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最初は三本鍬の手起こし
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馬を使って
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ほかに代掻きがあります 
今はここまでトラクターがやってくれます

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この作業は私は知りませんでした
直接こうして種を蒔く方法でやっていたこともあるんですね

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まだ苗が小さい頃は除草機を押して生えてきた草を抑えました

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植え際の取りきらなかった草は手で取り、稲が大きくなって除草機が入れなくなると全体手で取るのが
稲刈りまでの仕事でした

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田植えが終わればすぐに発生するドロオイムシ みるみる葉っぱが真っ白になっていくんですよ
放っておくとお米がとれません

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稲刈り
(顔が輝いてます・・・)

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はさかけ真夜中までかかったっけね

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稲刈りから脱穀まで
今はこのコンバインがやってくれています
2007_0921稲刈り0011


さて、また昔に戻って
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時間も手間もかかりました

今は籾すりも選別もあっという間
2007_0923籾すり0007

2007_0923籾すり0009
ずいぶん便利になりました
半世紀の中での成長です
昔の人に感謝!
いろいろ試行錯誤して便利な機械を作ってくれた人に感謝!
そして、再現しようと頑張ってくれた資料づくりのスタッフに感謝!

それからこれを関心持って見てくれる人に感謝!

おまけもあります


屯田兵の集合写真です
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明治の半ば ロシアからの侵入を警戒して日本政府が屯田兵を蝦夷の地に入植させたその頃の写真
誰が誰だか分かりませんが、一人だけ知ってる人がいます

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私のひいじいちゃん
青木辰弥と申します
岐阜県からやってきました


もうひとり ばあちゃん
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青木カナと申します
青森から子守にきて、嫁入りしました

ここで再会して感激でした~

comment

Secre

きゃぁ~~!!

なっつかすいぃぃ・・・・
よくこれだけ整理したね!

先ず感じたのは 昔は植え方が密だった!ということ
でも、これは直播の田んぼなのかな?
草みたいに生えてるものね・・・
それにしても、あれだけの工程を今はコンバインがやってくれちゃうと言うことに改めて感動するね~
直播じゃなくなってからは温床の仕事もあったしね

ハサがけはあんなに何段もだったよね
あのローラーみたいので脱穀して唐箕でごみ飛ばしをしたんだねぇ・・・
写真を見ると具体的に懐かしさがこみ上げてくるね

ひいじいちゃんにはびっくりだ!
あんな顔だったの
私達はじいちゃんになってからしか知らないので あんな可愛い顔だったとは驚きサア!v-12
あの蛸足使ってるのがカナさんだって どうして分かったの?

yuukoさん、早速ありがとう

昔密だったのは田植えも遅かったからなんだろうか?
今は昔より1ヶ月も早くなって、株の分けつも考えて幅が12センチ位に植えるのが適当とされてるみたいだよ。

直まきだと稲と一緒に草もよーいどんで生えてくるから草取りも大変だったって。この直まきの道具知ってた?

それぞれ手作業だったから、何のための作業かよくわかるよね。今は機械に「何してるの~?」って聞かないと、、、
はさかけはひもは張ってなかったね。

辰弥じいちゃん10代だって。
カナばあちゃんを撮ったのは父じゃないらしい。誰だろう。。。

そうか!

昔は あんまり分けつもしなかったかもね
直播だと草との区別が大変だったろうね

あの蛸足は今も畑に種を播く時に使ってない?
小嶋家でみたような・・・

ハサ掛けは私が子供の頃は縄も張って掛けていたと思うわ
あんなに沢山かけても倒れなかったのはすごいと今更ながら思ってるの

今度こそは行って見なくてはね

蛸足は

大豆とかね、使うけど
こんなに足が沢山のはお米だよね。

小島家で使ってるの?
かえって邪魔にならない?
もっと足が少ない奴かな?

はさぎを立てるところに深い穴があったよね。
時々そこに埋まらなかった?

なんだかすごいな~~

そうか、、、昔の農作業を「再現」してとったからカラー写真なのですね。
昔の人はえらかった!!!!!
その一言につきるのかな~、、、

農作業に限らず日々の暮らしも、、、ごはんたき、ふろたき、、、
せんたく、、、どれひとつとっても、、、全部「手」でだったのだものね、、、
今のうちらの暮らしは楽になりすぎなのかな~??
そういうこと全てに感謝せねば!!!

ひいじいちゃん、、、おばあちゃん、、、そこで出会えるなんてのはすごいよ!
知ってたの???そこに写真があるってのは、、、

ばあちゃんを

撮ったのは父だったのかな?
うちでも直播をしてたんだね・・・
あちらに見えるははさぎじゃないの?
春も立てっぱなしだったかしら?
あの穴ね  私もぬかったわ

そうか蛸足の足の本数が違うんだね
確かに多い!!
小嶋家のはこんなに多くはなかったわ

Kさん,疑問??
昔はやることが沢山ありすぎて よく24時間で足りたもんだって思うね~~

そうそう、私ったら昔の写真だと思ってたの
アホだねv-8

Kさんへ

農業に限らず、そうだよね。
でも、仕事がずいぶん短縮されて、生活以外の豊かさを追求できるようになった。
昔の生活と今の生活は繋がってるんだな~

うちには屯田兵だったからいっぱい古い農具があったの。
かなりここにかたづけた(?)らしいけど、あらためてじっくり見ることはなかったの。

写真に写ってるよなんて、わざわざ父母は教えてくれてなかったからびっくりした~

えっ!!yuukoさん?

ほんと?昔の写真だと思ったの?!!!!
再現してって書いたよ~~~

はさぎは春からも、秋からも、ずっと立てっぱなしだったのかね。種まきしてるのにはさぎって あれ?って思ったね。
ぬかるから立てっぱなし?
なんて、広く作ってたから手間がなかったんじゃないのかな?つぶれるよね。

やってきました。

昔のたんぼの写真と記事・・・何だか新鮮です。
私達の原風景ですね。

じいちゃんにも会えて良かった!!
久しぶり~~じいちゃんの面影ばっちりですね。
本人なんだから当たり前か。

じいちゃんが生きていた時にもっともっと話を聞いて
おけば良かったな~~~
でも、小学生の高学年か中学に入ってからかウル覚え
だけど、一度じいちゃんに屯田兵の事で取材したこと
あるよ。親切に喜んで教えてくれた。もっともっと一
杯聞けば良かったのにね・・・・・

喧嘩なんかしてないでね・・・エヘヘ

カナばあちゃんのタコ足が気になる・・・・
不便そうだけど当時は便利な道具だったんだろうね。

三蔵さんへ~

まだ私たちここには存在しなかった頃だね。

じいちゃん10代だってよ~
確かに面影あるね。

もっと話聞けばよかった?
長くなるよ~!自慢話。
でもすごく喜んだろうね。
今のうちにおとーさんに聞いたらいいよ~

よくみんなケンカしたね。
デレッキ振り上げて追いかけられた!
自転車の荷台に乗せられたまま置きざりにされた!
自転車に乗せられていっしょに転んだ!
鏡がなくて、チラシの裏に自分の自画像ひょろひょろ描いて、それ見ながら髭そってた!
家の前の大きな石眺めて「大きくなったな~」と話しかけてた。
威張ってた頃の思い出はないけどね。

カナばあちゃんの写真、いいでしょ~

感心です!

kekkowさん、こんばんは!

昔の人は偉かったねぇ~
今ほど近代的な機械もなく、全部ハンドメイドでしょ?道具も…

すごいとしか言いようがないです…
過酷な生活だったのかなぁ~?

曽祖父さんのお写真がありましたか…
よく見つけられましたし、懐かしかったでしょうね。
曾祖母さんのお写真も?
すごいです…
関係がない僕ですが、ちょっと嬉しい…

会社の目の前に神社がありますが
そこに祖父の寄贈した賽銭箱があって、横に祖父の名前が残っています。
それを毎日、目にしますが、祖父の顔を思い出しますよ。
孫には優しい祖父でした…
今は昨年逝った祖母と仲良くしてるでしょう、きっと…

こんばんは~

懐かしい風景ですね~
子どもの頃に目にした光景は不思議と鮮明に焼きついているものですね
再現なんて素晴らしいな~と見ていたのに、、、
気が付いたら、yuukoさんと同じ、、、いつの間にか当時のものとすっかり勘違いして感心して見入っている事に気が付いて独りで笑ってしまいました

そうですね~日が暮れてもまだはぜかけ(はさかけのこと)してましたね
そうしないと時間が足りなかったのでしょうね~
その頃になるとどこのお家の煙突からも白い煙が上がってました、、、
今は煙突なんてないですけどね、、、

当時としては工夫された農具、、、それがなければ今に繋がってないって事ですものね
時を経て振り返った時、尊敬の念でいっぱいになります

何だかとっても感動させられて、色んな事を反省させられました
いろんなことに感謝して暮らさないといけませんね

ひいおじいちゃんとおばあちゃんに会えたなんて感動ですね~
素晴らしい一日でしたね

とってもよく働かれるkekkowさん!
いつも頭の下がる思いで見せていただいてます
どうぞお身体に気をつけて頑張ってくださいね、

今年も色々と、、、よろしくお願いいたしますね

kosumosu-Dさま、おはようございます

過酷だったと思います。
ここは北海道ですから。
内地のあたたかいところから、見たことも感じたこともない極寒の冬を過ごしたときはどんなだったろう。
逞しいですよね。
家族連れて来たのです。
掘っ立て小屋みたいな家に家族身体寄せ合ってたんでしょうか。

お米が作れるぞ!って雑木林眺めながら、田んぼにたわわに実るお米を夢見てね。。。

とても真似出来ませ~ん。

てなかんじで振り返るのもいいことですよね。たまに。

Dさんのおじいさんの賽銭箱、これからの時代流れるうちにちゃんとそこに存在していくんですね。おじいさんの思いが。
お孫さんにも伝えておいてくださいね。

Kosumosuさん、おはようございます

Kosumosuさん、農家を経験してるんですか?
農家で育ったんですか?
伝わってることを感じてすごく嬉しいです!
ひとつひとつ見てくださってありがとうございます。

道具も全部手作りでした。
冬の間はムシロや俵を編んで
春近くなると温床の油紙を川に浸して取って
新しい油紙を貼っていました。これは私の子どもの頃の景色ですが、これが始まるとまた忙しくなるんだなって子どもの私は悲しくなりました。

今はそんな道具も作業もまったくなくなりましたが
たまにそんな時代もよかったね、って思うの。
苦労だけど、あたたかいんでしょうね。
不思議ですよね、その頃の人たちは今の生活を夢見て、後生に実現して。
実現した今、私たち何を夢見てるんでしょうね。

よくわからなくなったけど、、、
とにかく感謝して。感謝するところに悪いものないもの。

なつかすい。。。

いや~~~
自慢じゃないけどこんな風景知ってます。。。
。。。っていうあたしは幾つだい?ぎゃは!
さすがに服装はもちょっと今風
種まきの熊での親分みたいのは見たことないな~
真夏の炎天下田んぼに入って草取りしていた光景を思い出しまする
昔は。。ホンに。。農家に限らず大変な手仕事でしたね

ひいじいちゃん男前!ジャニーズ系ね♪
そうよ!いつまでもあると思うな親と金!ってね
元気なときに聞いておくのも親孝行よ

はさぎ?は家のほうでも立てっぱなしだったような。。
大根とか、豆類とか、菜っ葉とか、干し柿とかを
家の近くの田んぼに干していたような。。

ちなみ私の実家は農家ではありません
父の実家で見ていた風景ですたい。。今でも農家をやっちょりますが
兼業農家で機械化でじじばば農業でほとんど自家用のようです、米は出荷してるな。。。



153、おはようさんです

お父さんの実家が農家?
ってことは伯父さん?叔父さん?が農家継いだんですか?
それともやってるのはおじいちゃん?てなことないか・・・

そちらの農業風景ってやっぱりこんなんですか?
もののない時代だからやっぱり同じか。

153もお父さんの実家で農業をかいま見てたんですね。
お父さんもフロンティア精神で153を山川連れて行って。。。それで今がある?

ひいじいちゃんジャニーズ系?!!!
ひゃ~~

男前で小顔で背が高かったらしいよ。
嫁にもらったコヌイばあちゃんがちんこくて
それから遺伝子が小粒につながってるの。。ありゃ~

ふぁふぁふぁ

今農業を継いでるのはいとこ夫婦です
いとこといっても10歳以上年上で。。
うまれつきの百姓(本人曰く)だから土にさわってねえどいぎでるきしね。。。といっちょります
しかし今サラリーマンをしている長男も
定年を迎えるころはこの田畑をついで農家をやるのでしょう。。。こんな継承の近郊農家がほとんどのここらへんです

へえ、153

定年を迎える頃にあとを継ぐ・・・賢い。

それでもいい、継承してくれる人がいれば。
農家をやるということは、食べるもの作ってるから食べ物はあるけど、お金は豊富にあるわけじゃないもん。年金だってね。。。

あ、現実に触れちゃった。

うちの地主さんも

横浜でエンジニアをしている息子さんが 定年間近に帰ってきて農業を継ぐ心積もりらしいわ
それはあと数年のこと
先日そんな話をして嬉しそうにしてましたよ

でも、よくエンジニアを辞めて農業をやる気になったな・・・って感心してます わたし

yuukoさんへ

それは嬉しいね~
最近農村に憧れる人が多いから。
憧れて実際土地探しから始まる人に比べたら、親元が農家っていうことは最短距離だよ。
親御さんにしてもほっとする。

エンジニアをやめてと言っても定年になってからのことでしょ?
プロフィール

尾崎圭子(kekkow)

Author:尾崎圭子(kekkow)
自然とかかわることでいっぱい元気もらってます。
いろんなもの育てたり作ったりが大好き。ここでいろんな思いを共有していただけたら嬉しいです

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